橘の実

二十四節気では「小雪」の頃──、
千両の実が赤く色づき、山には初雪が舞い始めます。

小雪とは、冷たい雨が雪に変わる時季のこと。
陽射しが弱まり、よりいっそう寒さが厳しくなります。

二十四節気を約五日ごとに細かく分けた「七十二候」において、
小雪の末候は「橘始黄(たちばなはじめてきばむ)」。
橘は古来より日本に自生している柑橘類の常緑樹で、
この時季に小さな実が黄色く色づき始めます。

一年を通して青々とした葉を茂らせる橘は、
古くから長寿の縁起物とされ、文様や家紋に用いられてきました。
また、橘の花は白く可憐な姿と香り高さから
多くの歌人に愛され、さまざまな和歌に詠われています。

『日本書紀』には、橘の実についての説話が記されています。
垂仁天皇の時代、田道間守(たじまもり)という人物が天皇の命を受け、
海の彼方にあるとされる常世(とこよ)の国に、永遠に香りを放つ不老不死の実
「非時香果(ときじくのかぐのこのみ)」を探しに出かけました。
田道間守は十年もの歳月をかけてこの実を探し出しましたが、
戻ったときにはすでに天皇が崩御されており、悲しみに暮れた田道間守は、
持ち帰った実を天皇の御陵に捧げて殉じたと言われています。
後に人びとは田道間守の忠誠を称えて、
非時香果を「田道間守花(たじまはな)」と呼び、
そこから転じて「たちばな」とされ、
これが現在の橘の実であると伝えられています。

かつて菓子と言えば、果実や木の実を干したものでした。
橘の実は菓子の最上品とされ、日本における菓子の起源と考えられたことから、
田道間守は菓子の神様「菓祖神」として信仰され、
今では各地の神社に祀られています。

厳しい寒さのなかでも、明るく輝く橘の実はまさに生命力の象徴。
清々しい香りで邪気を祓い、繁栄と長寿の願いを込めて。